二十四.
静まり返った桐壺には、少納言のすすり泣く声だけが響いていた。百合は甘菜の枕辺に座り、額に浮かんだ汗をそっと、ぬぐってやった。姉は、微熱があるようだった。
「こんな身体で……どうして……?」
甘菜が懐妊している事が分かったのは、つい先刻の事だ。首の止血を終えて去っていった侍医の一人が戻ってきて、その事実を告げたのだった。
「……」
結婚しているのだから、子供が出来るのは自然な事だ。それについて、春宮を責めるような気持ちは無い。しかしこの弱りきった姉の様子と……腹に子を授かった身でありながら自害をしなければならないほどに追い詰められた姉が不憫で不憫で……春宮に対する怒りがこみ上げた。
(姉上がこんなになるまで春宮は……何をしていたのよ……っ)
大事にされていないとは、噂に聞いて知っていた。しかしこれ程とは、思ってもみなかったのだ。
「ゆ、り……?」
ふと、姉の口から、声が漏れた。
「姉上……っ?」
自分にそっくりなその瞳が、こちらに向けられる。
「……鏡を見ているみたいね……百合」
「姉上……」
どうしてこんな無茶なことをしたのかと、問いただしたかった。しかし憔悴しきったこの姉を、どうしてこれ以上責めることなど出来るだろう。
「良かった……。どうか、ゆっくり休んで、早く元気になってくださいね」
すると姉はまつげを伏せ、ふぅっとため息のように呟いた。
「……どうして私……、死ねなかったのかしら……」
百合は甘菜の顔を覗きこんだ。
「な……っ、何を言うの、そんな……死んだりしたら、いけないわっ」
「……死にたかった」
「そんな……そんな事言わないで……っ、姉上、貴女のお腹には、赤ちゃんが居るのよっ!?」
姉は再びゆっくり目を開いて、百合をみた。
「……知ってるわ……」
「え」
「知ってたわ……自分の身体だもの……」
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「百合……私、あなたになりたかった……」
「え……」
「……私達、同じ顔をしているのに、どうして……どうしてこんなに、違ってしまったのかしらね……」
頬を涙が伝う。
「姉上……?」
姉は嗚咽も漏らさず静かに、涙を零した。
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