二十六.
信じられない報告に、幸孝は呆然とした。
(甘菜が……懐妊……)
「おめでとうございます」
女官に言われて、ああ、とうなずく。
「……ありがとう……」
直ぐに女官は下がって行き、また峰平と二人になった。
しかし……。
「幸孝様……その……。なんと言ったらいいか……桐壺様には、その、お通いが……?」
「あ、ああ……最後に訪ねたのは、二月ほど前かな……」
「じゃあ……よ、良かったです、ね……。……おおめでとう……ございます……」
しかしそれは有り得ないのだ。
幸孝は甘菜に泣かれるのが嫌で……、ここ一年ほどは訪れてはいても、添い寝するだけ。……抱いては、いないのだ。
(……馬鹿な)
「峰平……」
「……は、はい」
「……いや……なんでも……。今日は、遅い。明日は早々にまた桐壺に……行かないと……」
一瞬、この親友に全てを打ち明けようかと思った。しかしさすがにこればかりは、……言えない。
「で、では僕は、これで……」
「ああ……。そうだお前、何か用があったんじゃ……」
「あ……。そ、そうでした。二の姫との復縁の事で……やはりお断りしようと……」
そういえば先日、峰平に二の姫を譲ろうと決めたとき、峰平の父の式部卿の宮に、峰平と二の姫の婚約を戻させるようにと、勧めたのだった。
「あぁ……そうか……うん」
「……では」
峰平が下がると、幸孝は深いため息をついた。
(……俺の子じゃ、無い……)
その晩はいろいろな事を考えて、寝付けなかった。
(明日……桐壺を訪ねたらまず、早く元気になるようにと、言ってやろう。健やかな子を産んでくれと……そう言おう)
甘菜が他の男と通じていたとして、それを咎める資格が自分にあるだろうか。あの泣いてばかりの甘菜がどうしてそんな大それた事が出来たのか分からないが、……騒ぎ立てて問い詰めるのはよそう、と幸孝は思った。
(俺さえ黙ってれば、……誰も疑ったりしない……)
今日、自害を図った訳も……おそらく自分のせいだけでは、無かったのだ。それは少しだけ、幸孝の気持ちを軽くした。
甘菜に対する腹立ちが全く無いと言えば嘘になるが……そんなことよりも、今はただあの怯えきった彼女に、安らぎを与えてやりたかった。
そんなことを考えているうちに、ようやく幸孝はまどろみ始めた。しかしそのまどろみは、
「春宮……っ」
女の囁く声で、破られた。
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