三十.


「お前達はここに居ろ。息を殺せ、絶対動くなっ」

 幸孝は百合と峰平を見据えて言い、直ぐに外へ這い出ようとした。

「……でも春宮はっ」

「しゃべるな!」

 言いかけた百合を制して、表に出る。

 侍達が三人、もう直ぐそこまで来ていた。



「なんだお前! いや……貴方はっ? こんなところで何をして居られるっ」

 粗野に言いかけて、幸孝の身なりを見た侍が、太刀を身構えたまま問いかけてきた。残りの二人も同様に、それぞれ太刀と弓を身構えている。

 幸孝はその身分の高さゆえ、普段、このような目下の者にまで拝顔を許していない。闖入者と取られても仕方の無い事だった。

「うるさい下がれ、ここは俺の庭だ、何をしようと勝手だろう」

「な、何……っ?」

「あ、怪しい奴!」

(このままじゃ侍所(さむらいどころ:詰め所)に引っ立てられるな……誰か、話の分かる奴が居ると良いが……)

 そんな事をしている間に、峰平と百合が大人しくしているとは思えない。

(……くそ)

 すると、後から一人の公達が、やはり太刀を手に駆けて来た。

「なんの騒ぎだ……っ」

 言いながら駆け寄り、幸孝の顔を見てぎょっとする。

「と、春宮……っ!?」

 その顔は見覚えがある……右兵衛佐(うひょうえのすけ)の少年だった。

 少年は慌てて太刀を収めると、膝を突いて頭を下げる。幸孝はほっと息を吐いた。

「ああ、右兵衛佐……こいつらを下がらせてくれ」

「は、はっ、……おい、お前達!」

 侍達はそそくさと詰め所のほうへ戻って行く。

「あ、あの……春宮、このような深夜にこんな場所で、何をなさっておられるのです? こ、このようなところを出歩かれては、その……」

 おずおずと言う右兵衛佐を、幸孝はじろりと睨みつけた。

「……なに、弘徽殿の女官と、戯れに隠れ鬼をしていただけだ」

「はぁ……? か、隠れ鬼……ですか?」

「今夜は月もほの暗い、丁度いい晩だろう。悪いか」

 この蒸し暑い夜に隠れ鬼など、自分で言いながらも正気の沙汰とは思えない。しかし言い訳など他に何も浮かばなかった。

「いや……しかし、その。このように出歩かれては、警護を勤める者としましては……」

「うるさい! 今宵はお前達のせいでもう興が冷めた! 言われなくても戻るさ、とっとと何処かへ行け!」

「!」

 怒鳴ると、右兵衛佐はいかにも不服そうな顔をしたが、直ぐに一礼して下がって言った。その姿が見えなくなるのを確認して、はぁっとため息をつく。

 右兵衛佐には悪いことをしたが、今はそれどころではないのだ。

 直ぐに床下の二人に合図して、幸孝自身は甘菜を抱え、弘徽殿を後にした。



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